呪術3期の1話を観た。
呪術3期の1話を観た。
面白い。原作は読んでいるので、頭を空っぽにして動いている映像をただ観るのが楽しい。今回アニメ化する部分だと禅院家が崩壊する回が大好きなので楽しみにして待っている。
過剰な演出が目に余るところがある。目で追えずに観ていて疲れる。意図的になんとなく凄い気はするのだけど、これを「作画が凄い!」と褒めたくはないかな。。。なんでだろう、私というアニメオタクが期待していた作画とミスマッチしている。
パッと思いつく凄い戦闘シーンの作画というとやはり鬼滅の刃が真っ先に出てくる。FateもそうだけどやはりUfoって強い。違いはなんだろうね。MAPPAは意図的に崩しすぎなのかな。う〜ん。分からない。
同じことを呟いている人がいた。(ツイート)
文体はともかく、言いたい事としては全く同意見だ。
こういうあながち外れていない批判に対して、「嫌なら観なければいい」などといったズレた返しをする人間がいつでも・どこでもいる。ため息が出る。
私のオタク論みたいなものがある。作品を推すからには語彙力がなくとも表現ができなくとも、「私はこの作品のこの部分が好き・嫌いだ!」と言い切れていて欲しい。人の意見に流されずに推しの嫌いな部分もしっかりと自分の中で考察をしていて欲しい。
良く無いと思うのは、「周りが、世間がこの作品を評価しているから。」「アニメを観る目が良いあの人が面白いと言っているから。」といった意見に流されて、自分で作品の良し悪しを決めきれないオタクなのだ。
そんな状態で何かを推し続けていると違和感を覚える時がある。今まで推していたコンテンツに「これは悪いんじゃないか?」と思う瞬間がある。急な方針の転換だったり、過度な集金だったり.......。
その時に自分の意見を発信すると、周りのオタクから嫌なら観るな!と意見もなしに返される、同調を強要される。そうした存在を「信者」と決めつけて嫌いになる。コンテンツが嫌いになる。オタクが嫌いになる。そうしてオタクを辞めて、人間としてまた一つ成長できるのだ。
そんな状況になったとき、コンテンツを推すのを続けるにしろ辞めるにしろ、自分の意見や批評を頭ごなしに批判されず、正しくコンテンツを楽しめる。そんな世界であって欲しいと願っております。
つまり、全オタクは感想や意見を、好きなところや嫌いな部分をNoteに感想として書くべきなのだ〜!
...旅行でお酒飲みすぎました。
また明日。